それは花屋の娘が発した言葉が始まりだった。 「奥さんのご機嫌を取るなら花を贈るのが一番ですよ」だったが、さすがに照れくさくてそれはできない。代案として観葉植物にハッピーバースデイのメッセージカードを添えて宅配してもらった。 カミサンの誕生日、いつものようにほろ酔い気分で帰宅した私は、朝のご機嫌斜めとは打って変わって笑顔満面のカミサンを発見した。しかも、そのご機嫌が数日間も続いたのだ。想定外の効果を発揮していた。 翌年の結婚記念日には、カミサンのリクエストで真っ赤な大輪の薔薇12本の花束を手にして帰宅した。観葉植物よりはるかに大きな効果があった。なぜ誕生日じゃなく結婚記念日なのかは、簡単な理由だ。その方が24本少なくて済むからだ。私は費用対効果が大きい方を選択した筈だった。 その選択に誤りがあったと知ったのは何年も後のことだった。3月上旬の結婚記念日は、薔薇が一年中で一番高価な時期だなんて知る由もなかった。だからといって、いまさら誕生日に変更する訳もいかず、高価な薔薇の花束は毎年1本ずつ増えて29本まで続いた。30本の花束は受け取る人が消えてしまい渡すことはできないままとなっている。 不思議なこともあるもので、毎年花束を持ち帰っていたのに写真を撮ったのは最終回の29本の花束だけである。たまたま居合わせた次女が撮ってくれていたのだ。この写真は花束を渡していた証拠写真として仏壇の上に現在も飾ってある。 やがて花束だけでなく、苗木も買って来て猫の額の庭に植えた。適当に購入した筈なのに真っ赤なビロードのような大輪の花を毎年咲かせている。その大輪を図ってみたら20cm弱の大きさがある。よろしければメジャーを出してその大きさを確認してほしい。その大きさを実感していただけるだろう。 さて、庭先で咲くこの薔薇が気に入り、増やしたいと思っても品種が判らないので購入のしようもない。ネットで調べてみてもこれだと断定できる品種がみつからない。そこで挿し木で増やすことにしたのだが、これが上手くいかない。教科書通り鹿沼土を用意して、挿し木を繰り返すのだが見事に全部枯れてしまう。何年も何年も挿し木の失敗を繰り返した。ある年、万策尽きて地面に直接切り枝を刺した。挿し木ではなく刺し木だったのだが、これが上手くいった。今では5割弱の確率で根を張り刺し木が成功している。 たった1本の苗木が20本ほどに増えてきているので、後期高齢者になるまでの数年間には猫の額を薔薇で取り囲もうと思っている。 |