福島県
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私の普段の仕事は弁護士である。 労働問題を専門的に扱っているわけではないが、この仕事をしていると、必然的に労働紛争に関わることとなる。当然、労働者側のこともあれば、使用者側のこともある。 どちら側に立って弁護活動をする方がやりやすいか?と問われれば、正直なところ、「労働者側」である。 労働法制が基本的に労使の力関係を対等にするためのものであり、労働者の権利を守る方向性で制定されていることもある上、裁判所も比較的労働者寄りの判断をすることが多いため(但し、私の限られた経験による独断と偏見に基づくものであることにご留意を)、勝訴または勝訴的和解を勝ち取りやすい傾向にあるからである。 私がそのように思うようになったきっかけとなった事件がある。 それは、私が弁護士になって初めて単独でボス弁(私を雇用してくれている弁護士)を頼ることなく遂行した本格的な民事訴訟であり、配置転換の違法性を争点とする損害賠償請求の案件であった。 依頼者である企業における事業再編に伴う事務職から現場職への配置転換の事案であり、職種の変更があるものの、配置転換の必要性は明らかであり、その動機も不当ではなく、様々な現場がある中では比較的軽度な作業に留まるよう企業側が配慮をした案件であった。 私は、企業側に立って、配置転換命令が有効とされる判断基準の基礎事実を丁寧に立証したつもりであり、全面勝訴を確信していたのであるが、一審では、相当の減額はあったものの企業側の損害賠償義務を一部認める判決が出された。私にとっては(当然依頼者にとっても)、一部勝訴部分があるといっても敗訴判決と同然である。当然、控訴提起である。くどいくらい書き込んだ控訴理由書を提出し、高裁の第1回期日に臨んだ。 しかし、その後の、裁判官を交えた和解の話し合いでも、控訴審の裁判官からは、判決となった場合、一審判決が維持される可能性が高いことが暗に示唆され、一審判決よりは若干有利であるものの、一定の損害賠償義務を認める内容の和解を勧められた。 控訴審の裁判官も企業側の主張事実自体はほぼ認めていたのに、その裁判官から、このような内容の和解を勧められたことから、当時、新人で、青臭かった私は、「企業側としてはこれ以上できないような配慮をしています。これ以上、どうすれば良いのですか!?」と尋ねると、「それを考えるのは裁判所の仕事ではありません。」と突き放されるような回答がなされた。 たしかに、裁判所に回答を求めるような質問内容ではなく、当然のことを言われたものに過ぎない。しかし、企業として配置転換の必要性があり、最大限の配慮をした事案であって、企業側の主張事実がほぼ認められたにもかかわらず、突き放された言われ方をされた上に、一審の敗訴判決が維持されるということで、一旦、労働紛争が法廷に持ち込まれると、企業側は厳しい立場となるということを強く認識させられるとともに、労働者保護を志向すればするほど、企業側の経営の幅が狭まってしまうということを痛感した経験であった。 私は、それ以降、企業側から労使間の法的紛争についての相談や依頼を受ける時は、「労働者は50メートル走、使用者は100メートル走」という説明をするようになった。 労働紛争において、一般的に弱者である労働側を対等な地位に引き上げることが、労働法制において、または、その適用の場面において極めて重要なことは言うまでもない。実際に、私が担当してきた事件や受けてきた相談でも、使用者側の理不尽な職務命令や退職強要などを目の当たりにしており、その思いは今でも強い。 もっとも、労働者を過度に保護することにより、企業が正社員の採用に及び腰になったり、契約社員の雇止めの問題が発生するとともに、ひいては、日本経済全体でも、新たな分野への労働力の流動性が阻害されることもあり、現在の日本経済の停滞を招いていることも一因となっているという思いもないわけでもない。 労働者保護と労働力の流動性の確保という相反する命題については、なかなか答えの出るものではないと思う。 このようなことまで考えるようになるのであれば、弁護士を辞めて、政治の世界にでも打って出るべきなのかもしれないが、残念ながら、私には、そのような度胸も人望も能力も人脈もないので、現在の立場である弁護士及び公益側の労働委員としてどのように自ら活動するのかを考えるしかない。 この点、個々の事件を扱う弁護士としては、依頼者が労働者であれば労働側の立場で、使用者であれば使用者側の立場で、業務を遂行すればよいが、中立公正な立場である公益側の労働委員としては、安易に、「労働者側に立った方が弁護活動がやりやすい。」、「労働者は50メートル走、使用者は100メートル走」などと言うことはできないし、言うべきではない。 大分長く労働委員の仕事をさせていただいてきているが、引き続き、公益側の労働委員として、弱者である労働側を対等な地位に引き上げるという労働関係法の諸規定を十分に理解して行動することを大前提としつつ、使用者側における人事・労務の大変さ、ひいては労働法制全体の社会経済における大きな影響力を意識しながら、労働争議の調整、個別労働関係紛争のあっせん、不当労働行為の救済申立ての審査等の職務に従事していきたいと考えている。そして、その中で、私の弁護士業務における経験や考えも織り交ぜながら対応していければ幸いである。 なんとなく労働委員就任時の抱負のようなコラムとなってしまい、オチがあるわけでもないが、これ以上書けることもないので、この辺りで筆をしまわせていただくこととする。
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